「綿とタオルの泉佐野史」

日本そして関西のゲートを目指す「泉佐野市」泉佐野市は130年の歴史を誇る「日本タオル製造発祥の地」として明治20年頃よりタオル生産が地域の雇用を生み出してきました。それ以前は、市内に流れる樫井川によって創られた河岸段丘により同市には扇状地帯が広がり、水はけの良い扇状地の土壌は綿作に適していたため綿花栽培が盛んに行われていました。

明治に入り同時代20年に里井圓次郎によって、筬(おさ)を使ったテリーモーションによって輪奈(パイル)を作る「打出機」が開発されたことによりタオル製織を国内で行う事を可能としました。しかしながら織り上がった当初のタオルはパイルが不揃いであり、見栄えも良くなかったためカルキにつけ洗浄(精練)を行いました。その結果「やわらかく、水を吸水するタオル」が出来上がりました。そのことがきっかけとなり「後晒しタオル」が生まれました。

その後、130年間に渡り能率性・効率性・ファッション性の向上を第一に掲げ生産されてきた当地のタオルは、地域の雇用と経済効果を同市にもたらしてきた半面、工業の発展と共に他の産業にも言えるように工業廃水などによって地域の大切な豊かな水資源や豊かな自然環境を汚してきたという「悲しい過去」が存在しています。平成13年に泉佐野市のタオル生産量はピークを迎えその翌年、平成14年度の環境省による河川調査で、泉佐野市に流れる樫井川が日本一汚染された河川であるという調査結果が報告されたことは誠に残念なことでありました。

タオル生産の汚染水のみが、そのような結果を生んでしまったのかは定かでは無いが、綿の繊維に対し吸水性や柔軟性をもたせたり、漂白や染色を行うといった化学薬剤を多量に使用するタオル生産が産出する工場排水は、自然環境に良い影響を与えるものでないことは、誰にでも理解できます。しかし、下水道完備が遅れていたこの地域では、河川への排水が行われていましたが「大量生産大量消費の時代に自然環境を考える者はいない」そんな考え方が、「あたりまえ」の時代が日本には存在していました。私たち泉佐野市のタオル生産者も同じく、そんな「あたりまえ」の中でタオル生産が続けられてきました。

現在では、地球環境問題が国際社会においても、大きな解決へのテーマを掲げています。そのような世の中になってきた現在では、過去の「あたりまえ」は「あたりまえで無い」過去の過ちを学び、これから目指すべきタオル生産の道とは、どのような道であるのか?そして、目指すべき「特産品の姿」とは、どのような姿なのか?を考え直していかなければなりません。これから更に100年以上の歴史を積み重ねなければならない「日本タオル製造発祥の地」としての歩みとして、私たちは能率性・効率性・ファッション性を追い求め、地域の財産資源である環境を汚染しながら生産する特産品製造の在り方から、地域資源である環境を守りながら生産する特産品製造」へと変化していかなければならないと考えております。そこで、本当の意味での「特産品づくりの在り方」を考えタオル作りを継承していく継承者の一つとして、真面綿は、「安心・安全」の笑顔と感謝のある「ものづくり」を理念として掲げ、この先も歩み続けたいと考えています